第2回:選ばれしものの恍惚と不安 ~スタジアム・ジャンパーの話

かつて一世を風靡したスタジアム・ジャンパーについて改めて調べてみると、その流行期を80年代後半とするファッション系ライターが少なくないことに気づかされる。

たしかに、おニャン子クラブにそろいのユニフォームとしてスタジャンを提供した「セーラーズ」がブームになったのはその頃のことだが、リアルタイムな空気感でいえば、メインストリームの流行というよりも、外しの効いたガジェットのような扱いだったと記憶している。

一次資料にあたれば真相は一目瞭然。80年発行のメンズ雑誌には「今年流行のスタジャン」との広告が掲載され、当時の服飾評論家は83年の著作で「スタジャンはもう流行のピークを過ぎてしまった」と回顧している。となればこのアイテムが一般庶民レベルで流行として受容されたのは、81年秋冬シーズンとみるのが妥当なはずだ。

ところでこのスタジアム・ジャンパーという呼称。ワイシャツ、ウィンド・ブレイカーと並んで、ネイティブには絶対通じない服飾業界三大和製英語のひとつであり、本場アメリカではもっぱらアワード・ジャケットと呼び習わされている。

アワードの言葉通り、かの国の学校スポーツで優秀な成績をおさめたチームや個人にその栄誉を称えて与えられた記念のアイテムがルーツであり、胸を飾るアルファベットや誇らしげにちりばめたワッペンといった特徴的デザインも、もともとは校名のイニシャルと華やかな戦績の記録だったと言われれば納得がゆくはずだ。

マイケル・ジャクソンが『スリラー』のMVで、ゾンビ化する前の衣装にアワード・ジャケットを選んだのも、学園の人気者という設定を一目でわかるようにするための演出だろうし、最近でもドウェイン・ジョンソン主演の軽快なスパイ・コメディ映画『セントラル・インテリジェンス』の中で、ケヴィン・ハート演じる最優秀高校生がアワード・ジャケットを着ていたことを思えば、その特権的なイメージは今も有効のようだ。

実際に本格的なスタジャンのディテールを見れば、身頃は風を通さないウール100%の分厚いメルトン、袖は上質なカウハイドか希少なホースレザー、裏地はサテンのキルティング、と学生にはもったいないくらいの贅沢な仕様で、栄誉の品にふさわしい格の違いを強調している。ブームの折に日本で量産された、ポリエステル混のペラペラの製品は、あくまでも安価なイミテーションに過ぎなかったわけだ。

とはいえ、本来は選ばれし者のみに着用の許されたアワード・ジャケットを、誰もが気軽にはおれる仕様に再構築してブームを巻き起こしたという意味では、この日本式スタジアム・ジャンパーこそが、一億総中流と揶揄された80年代前半の日本を象徴する存在だったという見方もできよう。

21世紀の日本を生きるSHOWAメンズ諸氏が、エバーグリーンなアイテムとしてスタジャンをワードローブに加えるのであれば、オーセンティックなアワード・ジャケットの作法に則った本格派の製品を選んで、ご自身の目利きとステイタスを誇示していただきたいものだ。

ファッションプロデューサー 昭和風俗研究者
西式 豊

昼は某大手アパレルに勤務。
夜は某ブランドの企画運営。
最近は終戦直後占領期の横浜に興味津々。