第4回:80年代、洋服との濃密な時間~クローゼットは、映画の中~

1982年、「ラ・ブーム」が日本で公開された。
友人と自転車を並べて海辺の高校に通っていた私にとって、パリの少女たちの可愛さはもちろん、初めて見る本物の「リセエンヌ」の生活は何もかもが輝いて見えた。ヴィック(ソフィ・マルソー)の耳に光る小さなピアスが羨ましくて、親に内緒でこっそりと穴を開けたもののあっけなく化膿させてしまったことを思い出す。ピアスにとどまらず彼女たちのヘアアレンジやガールスカウトの制服など、日常のさりげないおしゃれは即お手本となった。なぜかこの国ではバブルおじさんのアイコンとなってしまったセーターをシャツの肩にかけるスタイルも、13歳のヴィックがすると活動的で愛らしい。気になる男の子に誘われた“ブーム”と呼ばれるホームパーティーへ何を着て行くか、友人と長電話をしたり母親の前であれこれ着替えて見せたり、ティーンの女の子の夢がこれでもかとあふれていた。当時は同世代のリセエンヌに憧れ真似ていたけれど、あらためて見直して驚くのは13歳のヴィックではなく、その曾祖母のプペットだ。美しいプラチナヘアを整え爪はきれいに塗られている。ある日は鮮やかなブルーのキャスケットを被り、またある日は真っ赤なチェックのマフラーとスカートを合わせ、時に真っ白いファーの帽子でコーディネートをするなどとにかくファンキーでとびきりチャーミング。フランスの女性の年齢にとらわれない美しい生き方に魅せられる。

数年後にフランスで公開された「ベティ・ブルー」。ファッションについて書きたいが冒頭はいきなり全裸のベッドシーンだ。“愛と激情の日々”というサブタイトル通り、かなり激しくスパイシーなラブストーリーである。浜辺のコテージに現れたベティ(ベアトリス・ダル)は黒のサロペットドレスを素肌に着てその足元は赤いミュール。こぼれそうなバストや赤いリップでくわえるタバコはともすれば下品だが、彼女の均整のとれた身体や意思のある眼差しはコケティッシュで魅力的。ベティと恋人のゾルグ、それぞれを象徴する色としてブルーとイエローが物語全体を効果的に彩っている。パリの街に映えるブルーのコートやゾルグが衝動買いする古い車のイエロー、彼がいつも着ているくたびれたジャケットもイエローだ。夕暮れの店内で二人が静かにピアノを奏でるシーンは、青く沈んだ室内と窓の外の黄色い灯とのコントラストが美しく、作品の中で唯一穏やかな気持ちになれる時間だろう。2012年にデジタルリマスター版が公開された際Betty Blue Night Tokyoというイベントにおいて“IENA”がベティをオマージュしたワンピースなどいくつかのファッションアイテムを発表したこともベティの魅力を物語っている。とは言え、そのあまりに過激な気性と愛情を受け止められるゾルグのような男性は日本にはいないだろう。

ハリウッドからは「フラッシュダンス」が来た。軽快でキャッチーな音楽と汗を飛ばしながら踊る予告映像はテレビコマーシャルでも何度となく流れ、本編を見たことがない人でもみんな知っている。ダンサー達の超ハイレグレオタードは今見ると気恥しいばかりだが、アレックス(ジェニファー・ビールス)が自宅でひとり踊るときの黒いタンクトップ&ショーツ姿が素敵だ。それは足元に黒いニットのレッグウォーマーを着けた途端にカッコいいダンスファッションになる。普段の彼女はたいていアーミージャケットにルーズフィットのジーンズを身に着けている。男性に混ざって工事現場で溶接工をしているのだから当たり前だ。けれどインナーのカットソーの襟元には小さな飾りがついていたり、ジャケットの胸元にたくさんの缶バッチをつけたり、それをただの作業服に見せない。スカートにスニーカーを合わせるのは今では当たり前だが、黒いタイツにナイキのスニーカーで街を歩く姿はとてもキュートだ。デートの際にはモッズコートに赤いパンプスと、まるで今の東京の街中にいる女の子のようだ。ウエストラインきっちりのテーパードデニムや肩パットの入ったドレスなど、いちようにダサいと言われる80’sファッションのど真ん中であるはずが、今あらためて新鮮なのだからファッションとは不思議だ。現代のように世界がネットで繋がっていなかった時代、アメリカやヨーロッパのファッション文化は今よりずっと遠くにあった。世界がぐっと近づいた今、世界中のファッションはミックスされ新しく生まれ変わっている。古い映画を見直して、お気に入りのファッションを探してみよう。クローゼットに眠っている昔の服がもう一度輝くかもしれない。

フリースタイリスト
きつかわかずこ

テレビ番組やタレントの写真集、CMや広告などのスタイリングを中心に活動。 近年は暮らしや食、健康で美しい身体とファッションについて考察する毎日。