第8回(最終回):昭和64年『魔女の宅急便』

映画とは、社会を映す鏡でもある。

なかでも多くの観客の共感を得たヒット作には「時代の空気」が濃厚に反映されている。

昭和64年/平成元年の興行ベストワンは宮崎駿監督の『魔女の宅急便』。はたしてフィルムに残された空気は、なにを語ってくれるのだろうか?

昭和は63年まで、西暦1989年は平成元年。今回のタイトルを見て、多くの読者がそう思ったことだろう。しかし、たったの7日間に過ぎないとはいえ、昭和64年は本当にあったのだ。
前年9月の容体急変以降、日本全国が自粛ムードに沈む中、年をこえて闘病を続けた昭和天皇が、1月7日午前6時33分に崩御した。その日の午後の臨時閣議で決定された「平成」という元号が、翌8日から早速施行されることになったが、それまでの1週間は、まぎれもなく昭和最後の年64年だった。
軍拡、敗戦、占領、復興、高度経済成長。めまぐるしく変転した昭和という時代が、こうして幕を閉じた。この年の2月にはまんがという表現手段をほぼ独力で完成させた〈神様〉手塚治虫が、6月には天才少女として焼け跡の街に登場した〈歌姫〉美空ひばりが、あいついでその生涯を閉じている。大衆文化という側面において日本の戦後を象徴する二人の巨人の逝去に、歴史の1ページがめくられる音を、より具体的に耳にしたように感じた国民も少なくないはずだ。

文字通り、歴史の転換点となった昭和64年/平成元年。時代はどんな作品を求めたのだろうか? 興行ベスト10の一覧表を見ていこう。

第1位に輝いた『魔女の宅急便』は、いまでも数年に一度はテレビ放映される、日本人なら誰もが知っているほどの超メジャータイトルだ。
80年代以降、邦画の興収ベストテンには毎年コンスタントに2、3作のアニメ映画が入るようになっていたが、意外なことにスタジオ・ジブリ作品がランクインするのは本作がはじめてである。それ以前の『ラピュタ』や『となりのトトロ』は、同時期のドラえもんやキン肉マンの劇場版にはるかに及ばぬ成績しか残していなかったという事実は、ジブリブランドの確立した現代から見れば驚きとしか言いようがないはずだ。
もとをただせば本作は〈宅急便〉の商標権を保持する運送会社による企業広告的な意味合いの企画が代理店を通してジブリに持ち込まれたものであり、彼らがそのオファーを受けたのも、前二作の興行成績が奮わなかったがための資金回収という側面さえあった。
それがために本作は、製作段階から戦略的に「売れる映画」として狙った仕掛けが練り込まれている。

一人前の魔女になるために修行に出たティーンエイジャーという原作の骨格は維持したまま、空を飛ぶ特技を生かして起業を試みる自立した女性の成長物語へと極めてリアルな翻案がなされているのは、男女雇用機会均等法の施行をうけて積極的に社会進出を果たし、一気に80年代型消費文化の主役に躍り出た独身女性たちを主要なターゲットとするためである。
精緻に描き込まれた国籍不明のヨーロッパ風な街並みはいかにも女性の憧れをくすぐりそうだし、脇キャラの若者たちがドライブやパーティーを楽しんだりする様子は(現代の目で見ると、富裕層子弟のように勘違いされるかもしれないが)当時の若者たちの日常をごくごく自然に反映したものだ。おまけに主題歌・挿入歌には、当時人気絶頂期にあったユーミンまで担ぎ出してきたのだから、これはもはや児童文学アニメの形を借りた恋愛要素薄めのトレンディドラマといっても過言ではない。そのうえで、アニメーションでしか表現のできない飛行描写の爽快感や、クライマックスにおける巨大飛行船救出劇の〈まんが映画的スペクタクル〉といった、宮崎駿の十八番がいかんなく盛り込まれたのだから、大ヒットも当然の帰結と言うべきだろう。

魔女という一見マイノリティ風の設定を持ちながら、作品世界内でヒロインに対する差別意識や一般人との断絶が描かれることがないのも本作の大きな特徴のひとつだろう。主人公キキは様々な困難と出会い、孤独や失敗に苛まれはするが、彼女を悩ませているのは、どうすれば自分らしさを維持したまま、すでに出来上がった社会のなかに、望まれた一員として参加することができるのかというライフスタイルの問題でしかない。まさしく「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです」なのだ。
言うまでもなくこれは、作中に描かれる世界が大枠においてはなんの不安もなく、誰もが幸福に暮らせる安定した環境にあるからこそ可能となる作劇である。さらにつっこんで言えばその世界観は、メインターゲットとなる観客(現実の20代女性)が、同じように将来に対する不安を抱かずに生活していなければ、娯楽として受け入れることのできない空疎な絵空事になってしまうというリスクさえ内包していた。

昭和から平成へと移り変わった1989年、現実の日本はどんな国だったのだろうか。
年初の大発会で3万円の大台を超えた日経平均株価は、年末の納会では3万8915円へと、たった1年の間に30%近い高騰を記録した。フォーブスの発表する世界長者番付ベストテンにおいては、企業ランキングでは10社中の8社が日本企業、個人ランキングでも6人が日本人で占められた。9月にはソニーがハリウッドの名門コロンビア映画を買収し、フィルムの中においても、日本企業がLAに建設した高層本社ビルがテロリストの標的となり、デロリアンで時をかける少年さえも、未来社会の日本人上司にヘコヘコと頭を下げていた。
ようするに、いまだに観る者をとりこにする『魔女の宅急便』の心温まる世界は、日本という国が世界の富の中心にあった時代だからこそ生まれた心の余裕と、将来に対する一点の曇りもない明るい展望があったからこそ、成立したものだったのだ。

けれども、現代の私たちは歴史を知っている。
日経平均株価は前述の3万8915円が今も破られることのない史上最高額となり、翌1990年1月以降は一転して暴落モードへと突入する。永遠に続くと信じ込んでいた豊かさがひと時の泡にすぎなかったことを多くの日本人が知るのは、もう少しだけ先のことだ。

フィクションである映画と最も相性の良い大衆の感情は、端的に言えば〈恐怖〉と〈羨望〉である。高度経済成長を境に日本映画が精彩を欠いてきた理由も、その頃の日本には満足だけがあって、恐怖も羨望も存在しなかったからだと思えば、すっきりと理解できるはずだ。

昭和という時代は遥か遠くに過ぎ去り、映画の興行形態も大きく変貌を遂げた令和二年。それでも人間は、現実では得られない様々な感情を満たすために物語を作り続け、その虚構を糧として生きていくことだろう。
願わくば、これから作られるヒット映画の数々が、平和で寛容な社会の空気の反映であり続けることを心から祈って、本連載もそろそろ幕を引くことにしたい。

ファッションプロデューサー 昭和風俗研究者
西式 豊

勤めていたアパレル会社がまさかのコロナ倒産。
いきなりフルタイムの中小企業経営者へと転身。
時代も自分も先が見通せなくてほとほと困惑中。