昭和のベストセラー本を令和の視点から読み返し、当時の社会に与えた影響や、現在に通じるメッセージを見出していくショート・コラム。
当時の読者であったターゲットにその時代をリマインドさせ、再読などもうながすことで、今を生きる活力を高めるきっかけを提供する。

第1回:昭和53年の一冊「黄金の日日」

天正と昭和にあって、これからもきっとある。
城山三郎『黄金の日日』

商人視点の大河ドラマ

時代設定は安土桃山、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康が活躍した、戦国時代末期。
主人公は、彼らではなく、その他の戦国武将でもなく、一介の商人、助左衛門。
そして舞台となるのは、商人たちの合議で統治されていた、自由都市ともいうべき堺の町。
助左衛門は、信長や秀吉、千利休、石田三成らの知遇を得ながら、自由闊達に夢を追い、やがて呂宋(ルソン:現在のフィリピン)に船を出す。
助左衛門の感性は現代を生きる私たちに近く、その視点から描かれることで、著名な戦国武将たちが臭うほどに生き生きと感じられるのも本作の特色だろう。

発表と同年の昭和53年、NHKの大河ドラマの原作となっている。
というよりもそもそもが、小説家城山三郎と脚本家市川森一がともにあらすじをさだめ、同時進行で執筆された、いまでいうマルチメディア作品なのだ。
NHK大河ドラマ『黄金の日日』は、平均視聴率25.9%、最高視聴率34.4%。
無名に近い商人を主人公としたこと、昭和40年の『太閤記』などで人気の高い豊臣秀吉を、天下人となったのちは暴君として描いたこと(しかも演じるのは『太閤記』と同じ緒形拳)、唐十郎をはじめ紅テント『状況劇場』の俳優を起用するなどの冒険的な試みは、目を瞠る大成功をおさめた。

もちろん本作もベストセラーとなり、城山三郎の代表作のひとつに数えられている。

昭和53年の外圧

城山三郎は、大河ドラマの放送開始に先立って、こう語っている。
「状況的にいうと、戦国末期の織豊時代の堺と現代とは似ている。空前の繁栄が終わろうとしていて、さまざまな外圧が襲いかかってくる」
経済学者出身、『経済小説の開拓者』と呼ばれるだけあって、歴史小説を書きながらも、現代に置いた軸足は揺るがない。

昭和53年の日本の繁栄を脅かした『外圧』とは何だったのだろうか?

同じ年、ベストセラーランキングには、本作に続いて『不確実性の時代』という本がランクインしている。
『経済学の巨人』と呼ばれた経済学者ガルブレイスが著した経済思想史だ。
「社会経済体制の指導原理の上で、人々に確信をあたえるような哲学が、現代では失われてしまった」というのが基本的な趣旨だった。
これが経済書としては異例のベストセラーとなったところに、人々の潜在的な不安が見て取れる。
「高度成長期は、日本人にはどうしようもない『外圧』、オイルショックで終わってしまった。次は何が来るのか?」

城山の予言、人々の不安が当たったとするならば、翌昭和54年には第2次オイルショックが日本を襲った。
昭和60年のプラザ合意も、『外圧』以外の何物でもない。
あるいはもっと根深く、ガルブレイスを執拗に批判した経済学者ミルトン・フリードマンが唱え、サッチャー、レーガン、中曽根らが採用した新自由主義、グローバリズムという『指導原理』こそが、『外圧』の正体だったのかもしれない。

のびやかな、まぶしい日日

堺の町は豊臣秀吉に支配され、独立不羈の精神の象徴でもあった堀を埋められる。
そして徳川家康に、海外貿易の自由も奪われ、熱気と活力を失っていく。
物語の終盤で、ある人物が助左衛門にこう語る。
「これまでは、あまりにも、のびやかすぎた。ああいうまぶしいような日日は、もう二度と日本のどこへもやってこないであろう」
主人公助左衛門は、「わたしは、ただただ、のびやかに生きたいだけですから」と、堺を捨て、ルソンへ去っていく。
あと10年若ければ、ひょっとしたら大好きな堺を取り戻すために動いたかもしれない、という思いを残して。

「現代の日本にとって、いや、私にとって『まぶしいような日日』とはどんな日日だったのか?」
「それはもう取り戻せないものなのだろうか?」

『黄金の日日』を読み返し、助左衛門の活躍に胸を躍らせながら、ふと、そんなことを考えてみるのも一興かもしれない。

イベントプランナー/劇作家
如月 伴内

ある時はイベント制作会社のプランナー。
またある時は某劇団の座付き作家。
しかしてその実体は、ちょいとミーハーな昭和ファン。